サーカスを見てからくりサーカスに思いを馳せた日記
タイトルの通りです。
そして、あまりサーカス自体の感想はありません。
狙って機会を獲得しなければ、おそらく人生で一度あるかないかであろう、サーカスを鑑賞するという出来事がありました。
感想としては、プロに失礼なのは分かってるんですが「こ、こわいな〜こわいな〜〜〜〜」が4割くらいありました。
人体の無限の可能性を目前で現実に見せられてるわけですから、怖くないわけがないんです。落ちたらどうしようとか、考えないほうが無理です。プロってすごい。
さて、自分は昨年末にアニメのからくりサーカスを全話視聴しました。
藤田先生は漫画が上手いので、勉強のために全巻欲しいなと思っていたのですが、そんな機会はなかなか得られないのでとりあえずアニメ見るか…でした。
あとスロットが楽しかったので。
というかあれ、ラスボスがわからないのが面白いのに出ちゃってるんですね、勿体ないことしたなぁって感じです。賭博はダメです。(…3店方式?)
さてさてさて、本題に入りましょう。
自分がサーカス鑑賞という唯一無二の体験をし、なぜからくりサーカスに思いを馳せたのかという話です。
アニメ版のみの感想なので、原作がもっとよい演出と結末をしているとは思います。すみません。
からくりサーカスという作品においてサーカスは軸であって、誰かにとっては命そのものであって、辿り着いた結末においては夢と希望、幸せの意味合いを持つ象徴だと思っています。(浅い感想)
そして物語自体が舞台、一つの興行のような構成にもなっています。
あの作品のすごいところは、話の締め方です。
結末と呼べるシーンで、めでたしめでたし、そしてカーテンコール。
これによりすべての登場人物が、物語の上で笑顔で終われたことの"再確認"ができました。
受け取り方によってはぶつ切りとも取れる区切り方ですが、そもそもこの物語の道筋はずっとあのキャラとあのキャラとあのキャラに在りましたから、しっかりまとまってるんです。
そして、一連の流れから、彼と彼女はサーカスという舞台に立って幸せに生きていることが伺えます。
何が言いたいかと言うと、あの2人が結末のあとサーカスを行っているとしたら「こういう景色か…」となったわけなんです。
物語には実感、共感が伴うことでさらなる感動を得ることができます。
その実感と共感を、得ることができた、それがとても嬉しかったんです。
プロとかアマチュアとか関係なく、物語を紡ぐ上で大切な要素です。
そのパズルのピースのような一欠片を、わたしは得ることができたのです。
とても良い人生の思い出になりました。
おわり
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